香港コミックって? 
〜その豊穣なる世界〜

まだまだ体験したことのない方も多いでしょう、香港産コミック。
「アメコミと似たようなもの」?「カンフー映画のマンガ版」?
いえいえ、それだけではありません。おどろくほど豊穣で、刺激的な世界が広がっているのです―。

香港コミックって、どんなの? 香港コミックの三本柱=武侠・ゲーム・黒社会
香港コミック、どこがスゴいの? 香港コミックの歴史を知ろう!
どうやって描かれているの?
どんな人が読んでいるの? 香港漫画=「連環画」?(コラム)
どんな作家さんがいるの? 「歴史」「道教」を知ればもっと面白い!(コラム)



 「香港コミックって、どんなの?」 −香港コミックの概要−

 香港産コミックの体裁は、おおまかに
  ・単行本サイズ
  ・薄装本
   の2種類があります。

 単行本は1色刷り、表紙カバーつきで、日本のコミック単行本とほぼ同形状です。現地では日本作品の翻訳版コミックも数多く出回っていますが、これも体裁は日本と同じです。

 これに対し、『薄装本』という独特の形態があります。
 B5サイズに近く、30ページ前後の中とじ形式という、文字どおりの「薄い」本。アメコミに近い形態ですが、表紙に多少厚みのある光沢紙が使われるのが特徴です。
 基本はオールカラーです。アメコミと同様に『分色』(印刷の段階で色データを指定し差し込む)という方法で彩色されていますが、原稿そのものをカラーペイントで描いた作品もあります。これを『彩稿』といいます。中には全ページ彩稿という凝った作品もみられ、その美しさには目をみはります。
 これが週刊〜隔週刊で発行されています。

 薄装本はその体裁の軟弱さから「売り切り・読み捨て」が基本ですが、ヒット作品は数巻をまとめて編集し、単行本サイズで再発売することがあります。これを『合訂本』といいます。
 合訂本になる際には、カラー作品も1色刷りになるのが普通です。差し込んだ色データを抜くだけなので、日本のカラー原稿のようにモノクロ化で画面が黒っぽくなってしまうことはありません。
 薄装本が雑誌と同じ扱いであるのに対し、合訂本は売れれば増刷・改版も行なわれます。

 漫画雑誌も少数ですが存在します。かつては日本の「少年ジャンプ」連載作品を集めた月刊誌がある程度でしたが、現在は地元オリジナル作品を集めた「新少年」「CO-CO!」、少女漫画誌「Comic Fans」など発行点数も増えています。こちらも日本の月刊漫画誌とほぼ同体裁です。

 以上の地元コミック作品は、大多数が『普通話』=北京語の語彙(ごい)により著されています。活字は繁体字です。黒社会コミックなど特定のジャンルのみで、広東語の語彙が用いられます。


 「香港コミック、どこがスゴいの?」 −香港コミック、その特徴−

 単行本作品は、作画技法・コマ割りなども含め、多くが日本のコミックに強く影響を受けています。ここでは香港コミックの独自性を色濃く映した『薄装本』コミックの特徴を中心にお伝えしましょう。

(1)大胆なコマ割り 一枚絵による表現
 B5サイズという、ただでさえワイドな誌面を、さらに大きなコマで割り、大きな絵で迫力たっぷりに見せるのが特徴。しかもコマの中に、複数人物の全身像、背景、武器などの小道具やアクションポーズ、さらに擬音や動線まできっちりと描き込み、一枚の絵ですべてを表現しようとします。これは中国伝統の「連環画」の影響が色濃く残るためとみられます。

(2)アクションシーン大連発!動線・擬音もてんこ盛り
 日本の連載作品なら1本に1〜2回、ヤマ場に持ってきて「次回をお楽しみに!」となるアクション&バトルシーン。これを「これでもか!これでもか!」と大連発、毎号出血大サービスで提供するのが香港流です。
 しかも派手に演出するために、赤・青・黄などの原色による動線でコマは埋めつくされ、「ドガッ!」「ギューン」「バキィィッ」といった擬音も漢字で躍ります(ふき出しのセリフ・ト書きばかりでなく、擬音も中国語なのです。詳しくはこちら)。それだけでは飽き足らず、余白に猛り狂う竜やトラ、吼える猛獣や羽ばたく鳳凰などを脈絡なく描き込み、派手さと中華テイストをさらに盛り上げます。

(3)必殺技&スーパーミラクル武器まつり!
 香港コミックの大半を占めるアクション作品。これらの重要な盛り上げ役、”必殺技”と”スーパー武器”。刀剣ばかりではなく槍や斧、『暗器』とよばれる武侠世界独特の投げ武器など、実にバラエティ豊か、しかも装飾たっぷりで絢爛・精緻に描かれた武器や、破壊力抜群なだけでなくケレン味もたっぷりの必殺技は、コレクター&マニア心をくすぐり続けています。

香港漫画=「連環画」?

 「マンガ」は、香港では何と呼ばれているでしょう?
 そのまま漢字にした『漫畫』のほかに、いくつか呼び方があります。『』『公仔書』そして『連環畫』。日中辞書や中国語テキストの中にも、マンガを「連環画」と訳しているものが散見されます。
 しかし、おもに大陸・上海で発達した「連環画」は、我々が目にする「マンガ」とはかなり異なるスタイルの出版物です。

 横長の豆本サイズ、20〜30ページ、左とじ(日本や香港のコミック本とは逆とじ)で1色刷り。線画の一枚絵がページいっぱいに印刷されています。絵の右端または下部に、2〜3行の物語文が添えられています。絵本、絵巻物に近いスタイルです。
 絵は、一枚の中に複数の登場人物、そして背景や小道具がすべて描き込まれ、情景を活写しています。人物は常に全身像。馬に乗っていれば馬まで全身が描かれます。アングルの変化に乏しく、人物にアクションがあっても動線や擬音はまったく描かれません。「吹き出し」のみ時々みられます。

 その歴史をたどると漢代の石板画にまでさかのぼるといわれる、続き物の絵物語ですが、上述のかたちで印刷物として本格的流布が始まったのは1920年代の上海からです。1949年、中共政府の樹立前後、香港には上海をはじめ大陸からおおぜいの人間が流れ込み、いきおい、連環画という風俗も大量に流入しました。

 その題材は中国の古典や民話が主でしたが、北京政府の台頭、共産主義国家建設とともに、プロパガンダ的内容の現代ものも増え、舞台も中国ばかりでなく西欧ものも登場します。やがて大陸に「竹のカーテン」(西側諸国との交流を断つ鎖国的政策)がひかれ、ヒトとモノの往来が激減したのちは、香港で自前の連環画がつくられ、露店に並びました。

 本場・大陸では現代に至るまで発行が続いているのに対し、香港では60〜70年代であっさり滅亡してしまいました。日本や欧米の豊かな劇画文化・カートゥーン文化流入を前に、利にさとい香港において、滅びるのは理の当然だったようです。とはいえ香港の現代コミックは、連環画スタイルに少しずつストーリー漫画の手法が加わって進化した結果の産物なので、引き続き「連環画」と呼ぶのも誤りとは言い切れません。

 現在の薄装本アクションコミックでも、コマの割り方や構図など、随所に連環画の名残りがみられます。1ページ全体を使った大きなコマ、複数の登場人物や背景を描き込んで1枚ですべてを説明してしまおうとする絵柄、全身を描くことの多い人物カット等々。これが他国コミックにはみられない持ち味となっています。

 ところで、「マンガ」は何と訳すのがもっとも適切でしょうか?

 連環画:上述のとおり、大陸の特定スタイルの出版物を指す場合が多い。

 公仔書:中高年以上の人が主にこの呼称を用いる。「公仔」とは「お人形」「おちびちゃん」の意。
        ゆえにこの語は、「お人形さんがドタバタやっている、ちびっ子向けの本」的な貶意がまじる。

   :英語「cartoon」の音訳語。その名のとおり、米国ディズニーやハンナバーベラの制作物を指す
        場合が多く、一般的な紙のマンガにはあまり当てはまらない。現代ではほぼ「片」(アニメ
        映画・アニメ番組)の語のみで用いる。ちなみに「アニメ」は『動畫』と訳すのが一般的で、夏の
        イベント「香港動漫節」の「動漫」とは「動畫・漫畫」の略である。

   漫畫:今日もっとも一般的。「香港漫畫協会」「漫畫 四大名捕」「二手漫畫店」(中古コミックショップ)
         など、現地で幅広く用いられている。

 というわけで、マンガはそのまま「漫畫」と呼ぶのがもっとも一般的なようです。



 「どうやって描かれているの?」 −制作の現場−

 香港コミックの制作は「完全分業制」が基本です。まれに独立系の漫画家で、すべて一人で行なう者もいますが、大半の作品、特に週刊のオールカラー作品は、出版社の企業活動として極めてシステマチックに生み出されています。

 まず、「作者」としてクレジットされる漫画家がいます。表紙に『○○○作品』と大きく名前が出ます。この「作者」は、プロデューサーとして全体を束ねるのみで実際の執筆にはかかわっていない場合と、主人公の顔など重要部分だけを描いている場合とがあります。プロデュースのみの場合は、その下に『主筆』(チーフ作画者)がつきます。
 これらメイン作者は、漫画出版社と契約を結んで作品を出しています。作者自身が出版社の経営に参画しているケースも多々あります(例:黄玉郎=玉皇朝出版、馬榮成=天下出版、永仁=雄獅出版)。商売っ気たっぷりの香港人気質を映していますね。 

 さて彼らをトップに、作画は多人数のチームで行なわれます。ここでの作業は完全分担制。日本のアシスタントさんでよくある「背景担当」「メカニック担当」のみならず、「動線だけ」「衣装だけ」という作画員がいるほど、持ち場は細かく分けられ、原稿は流れ作業でペンが入っていきます。
大きな出版社では10人近くも机を並べて作業を行い、制作室はまるで普通のオフィスのようです。『主筆』さんやメインの作家さんのみ、出版社内に個室が与えられます。

 こういった作画スタッフは、出版社からきまった給料が出る「サラリーマン」です。持ち場ごとに求人も出ます。「募集!@動線担当 A衣装担当」などと、薄装本の巻末に「職種明記」で求人広告も掲載されます。
 日本ではアシスタントから一本立ちしてデビューする例も多いですが、香港では作画スタッフからメイン作家へと出世するのは大変にむずかしいようです。

 もちろん作画のほか、ストーリーやネームを考案する『編劇』(脚本担当)、レイアウト美術担当ほか、非常に多くのスタッフによって1本の作品がつくられています。


 「どんな人が読んでるの?」 ―読者層―

 現地・香港では、薄装本コミックの読者は大半が男性です。年齢は10代後半から中年層にまで及びますが、ブルーカラー層に読者は限られています。地元では夜のコンビニ前に座り込んで、また下町の飲茶レストランで朝食の点心をつまみながら、薄装本コミックを読みふける男性の姿がしばしば見られます。
 いっぽう日本では、当店で薄装本コミックをお求めになるお客様は男女半々、年齢層も20代から50代までまんべんなくご来店いただいております。絵の美しさや登場キャラクターのかっこよさ、ストーリーの魅力などを、幅広いお客様にお楽しみいただいております。

 単行本や日本ものの翻訳コミックは、現地でも小中学生から20代まで、男女問わず読まれています。日本コミックはバラエティ豊かな内容や深い思索性が評価され、大学生やエグゼクティブ層にも愛好の機運が盛り上がっています。


 「どんな作家さんがいるの?」 ―主な漫画家・原作者―

 こんな作家さんたちがいます。


 香港コミックの三本柱 = 武侠・ゲーム・黒社会

 日本のコミックは少年向け・少女向けから中高年向け、ラブコメ・エロコメ・SF・職業もの・グルメ・うんちくもの・時代劇・スポーツもの・不条理ギャグ等々、ありとあらゆるジャンルがありますが、香港コミック(特に薄装本)は、ほぼ9割9分方「アクションもの」で占められています。
 中でも「武侠アクション」「格闘ゲームもの」「黒社会(極道もの)アクション」が、現代香港コミックを特徴づける大きな三本柱となっています。

@武侠
 「武侠(ぶきょう)小説」とは、中華社会に定着する独特の小説スタイルのひとつで、史実を背景に「江湖」(武にたよって生きる者の社会。現代の『やくざ渡世』もこの呼ばれ方をする)で活躍する武術ヒーローを描いた、冒険・大河ドラマ要素たっぷりのアクション小説です。金庸、古龍、黄易、温瑞安といった人気作家がおり、中華社会全体で幅広く親しまれています。
 この武侠小説は、かっこいい武術の決め技や秘剣・名刀、ヒーローの成長物語、勧善懲悪、敵対組織との果てなき対決など、コミックにすると盛り上がる要素をふんだんに含んでおり、盛んに漫画化されています。こういった原作小説つきの作品のみならず、「刀劍笑」「殺劍」の劉定堅などオリジナルの武侠コミック脚本家もおり、素晴らしい作品を残しています。
 さらに、武侠の基本コンセプト=「義」を重んじ、個人をなげうって侠気に生きる、という考え方は、現代ものアクション・SF・近未来もの、さらにはゲームものや黒社会ものにまで、基本思想として幅広く根付いています。ゆえに、武侠コミックがわかれば、香港コミックはぐっと理解しやすくなることでしょう。

Aゲーム
 90年代に生まれた2大格闘ゲーム=「ストリートファイター」「KING OF FIGHTERS」は、香港でも大変な人気を博しました。これらをはじめ日本製の格闘ゲームソフトを、すべて地元スタッフによって香港コミック化してしまうという所業が、90年代半ばごろからたいへん盛んになりました。
 登場人物の造形・基本設定は原作ゲームどおりですが、ソフトメーカーが発表する基本ストーリーだけではすぐにネタが尽きてしまうため、オリジナルストーリーを編み出して50巻、60巻と連載を続けます。中には「街覇V NEW GENERATION」のように100巻以上続いたものもあります。
 オリジナルストーリーは日本の同人誌などとは色あいが異なり、硬派な義侠話、さらには宇宙や異次元にまで飛び出し対決を続けるビッグスケールな話が多くみられます。
 中国語によるコミック化ということで、登場人物の名もすべて漢字に直されます。原作にはないオリジナルキャラが登場することも少なくありません。

B黒社会
 香港には、映画にも「香港マフィア」として登場し日本人にもおなじみの「黒社会」が存在します。この黒社会に生きる者を描いたコミックが、香港の一大ジャンルとして定着しています。
 その歴史は意外に新しく、1992年の「江湖大イ老」、そして大ヒット作「古惑仔」が本格黒社会コミックのはじまりとみられます。
 コミック中では実在する組の名やそのシマ(なわばり)が登場することが多く、なんと日本の「山口組」まで登場します。しかし、利権やみかじめ、脅しなど実際の陰湿な活動を描くことは少なく、ひたすら敵対組織同士の抗争を描くことが多いです。また登場人物も、トップの実力者よりも、チンピラとして組に足を踏み入れたヤンチャな若者が少しずつのし上がっていく、という筋書きが多くみられます。最初のヒット作「古惑仔」の影響とみられます。
 また、このジャンルの特徴として「過剰なエロシーン」があります。また吹き出しのセリフが極めて下品なスラング(『粗口』)ばかりであることから、エロ・粗口に敏感な香港社会から厳しい監視の対象にされ、他ジャンルのコミックとは明らかに異なる扱いを受けています。表紙に大きく「WARNING(警告)」として「18歳未満の購入・閲覧禁止」が記され、ビニール包装つきで販売されています。

「歴史」と「道教」を知れば、香港コミックは100倍面白い!

 香港コミックはアクション性・刺激性が強く求められるため、荒唐無稽な設定・ストーリー展開が多くみられます。しかしそのベースには、史実・歴史上の実在人物があることが少なくありません。日本の「聖徳太子」「織田信長」にあたる、「誰でも知ってる歴史上の人物」がいて、しばしばその共通認識のもとにお話が展開するのです。
 唐の李世民、明の李自成、清の鄭成功など…「どんな歴史上の人物がいるの?」「どんな人だったの?」「何をしたの?」を知れば、香港コミックは100倍おもしろくなります。
 楽しく読めて歴史がわかる好著といえば陳舜臣「中国の歴史」(全7巻/講談社文庫)。大著ですが、好きな時代の巻から読み始めて、その前後に読み進めれば大丈夫。意外と活字も少なく、気楽に読めておすすめです。ほかにも、興味あるテーマの歴史本を手にとってみましょう。

 もうひとつ、香港コミックの重要アイテムになっているのが、道教の神様・仙人たち。黄玉郎「神兵玄奇」シリーズ、司徒劍僑「八仙道」、邱福龍「大聖王」など、キャラに道教の神仙がかかわる作品は枚挙にいとまがありません。
中華社会では圧倒的多数が信仰しているといわれる道教。そこには思想や戒律などの堅苦しい要素は少なく、土俗信仰に近いかたちで発展したといわれています。信仰対象の多様性も特徴のひとつ。神仙ばかりではなく歴史上の人物、はては孫悟空のような寓話上の人物まで祀(まつ)られ、現世利益の神として祈りの対象となっています。その神仙にはなかなか「キャラの立った」者が多く、コミックの登場人物として適格、まさにネタの宝庫なわけです。
 最近の日本では「タオイズム」関連の本ばかりが目立ち、道教そのものについてのガイドブックはあまり多くありませんが、「どんな神様・仙人がいるのか?」を詳説した「道教キャラ辞典」ともいえる好著が「道教の神々」(平河出版社)。図版も豊富でおすすめです。


 香港コミックの歴史を知ろう!

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